影響について

2005年10月18日 コラム
ありがちな展開や設定を箇条書きにしてまとめたものをよく見掛ける。
(とは言えこの類のものはネタ半分であることが少なくないが)

もちろんこれらが当てはまっているか、そうでないかが作品の質に
直結するとは考えにくい。
この手の箇条書きに左右されすぎるのもどうかと思うが
もし当てはまってしまった場合はその理由について
少し考えてみるのも無駄ではないと思う。

例えば自分でも気付かないうちに既存の作品の影響を受けている、
というケース。

既存の作品からの影響を一切受けずに制作された作品など
到底あるとは思えないし影響を受けること自体は普通のことだと思う。

もし認識があれば影響を受けすぎないうちに歯止めがかかるのだが、
影響を受けたという認識がない場合はいつの間にか影響を受けすぎて
劣化コピーのようになってしまう可能性もあると思う。
ストーリー重視と言われる制作手法(?)と対になるのは
キャラクター重視と言えるのではないだろうか。

まずキャラクターの設定や性格付けから入って彼らが活躍する舞台としての
ストーリーを構築していくのがキャラクター重視。

先にストーリーを決めてからそれに沿うかたちでキャラクターを
構築するのがストーリー重視、という感じ。

○○重視というと、じゃあ他の要素は軽視しているのか、と主張する人がいるが、
そういう意味じゃなくて対象のRPGとしての方向性を簡潔に
表現したのが○○重視、という表記方法ではないだろうか。

特に宣伝するときなんかはこれはどういうゲームなのかという
方向性についてきちんと明記しつつ、内容を簡潔にまとめる必要もあるから
こういう表記も仕方ないかな、と思う。
現実世界において実現不可能(あるいは困難)なことをゲームの中で
実現することで快楽を得る、というのはゲームの面白さの
基本であり育成要素もそのひとつだ。

育成に伴う意思選択や、育成した結果によるリソースの増強なども
魅力的だが育てることそのものにも楽しさは含まれている。

ものを育てることを楽しむ、というのは恐らく種の保存のために
人間が本能的に持っている性質のひとつだろう。
タイマンの戦闘システムだと主人公のHPが0になった時点で
ゲームオーバーというのが普通だがこれは再考の余地があるかも。

多人数の場合はほとんど蘇生手段が存在する。
味方がやられてピンチの状態から何とか持ち直そうとする際の
緊張感や恐怖感も戦闘の醍醐味だし後になればたぶんいい思い出。

この感覚はどうしてもタイマンでは味わい辛い。
そこで主人公から倒れてからゲームオーバーまでの間に
何らかの救済や猶予を与えてみるのはどうだろう。

もちろん、それで簡単に復活できては面白くないし
ゾンビみたいで気持ち悪いので特定の条件化で例外的に
復活できるとか。

市販にもアイテム・魔法・スキル効果で特例として1回だけ蘇生、
というのが結構あるがそれを基本ルールの一つとして
ゲームに組み込んだという感じ。

宿屋の位置

2005年10月9日 コラム
HP回復施設(以下宿屋)の位置は街の入り口付近が適切だというのが定説。
確かにこれにはきちんとして根拠があるし事実、多くの市販RPGでも
宿屋の位置は街の入り口が相場である。

その理由としてしばしば挙げられるのは
「何度も立ち寄ることになるから」というもの。

確かにレベル上げをしている際には頻繁に立ち寄ることになる。
だが、昨今のRPGの中にはFFを筆頭にレベル上げなしでちょうどいい
戦闘バランスなゲームも少なくない。

このタイプのゲームはテンポの良さが長所なわけでひとつの街に
留まることは少なく宿屋の利用回数はひとつの街につき
せいぜい2〜3回程度だろう。
どうせ街にはフラグを立てるためのイベントがなんかがあって
結局、街中を一度は回る場合がほとんど。
となると宿屋の位置の違いによって掛かる手間に大差はない。

ある程度のレベル上げが必須なRPGはどうだろう。
この場合、利用頻度を理由に宿屋が街の入り口に配置されている
ことは大いに頷ける。

だが、そうなると新たな疑問が出てくるわけだ。
「他の施設は別に街の入り口に配置されているわけじゃない」という点。
レベル上げをする際には同時にお金も入手できるので
宿屋だけでなく他の施設も利用することだ多いしドラクエの
場合は教会でセーブも行うことが多い。
にも拘らず宿屋だけが確実に優遇されている。

考えたのだが、宿屋が街の入り口に配置されているのは機能的な理由だけでなく
心理的なそれも含まれているのではないだろうか。

街に入ってすぐに宿屋が目に入れば街が外部と比べて
安堵できる場所であることをより深く実感できると思う。
ツクール魂やっと発表だそうで。
Albertさんおめでとうございます。

優秀作品をプレーしてみようかとも思ったのだが
容量が70MB超だったのでまた今度にしよう。

//

苦手なジャンルってついつい敬遠しがちだけど
苦手な人の方がかえって楽しめる、と言う場合も少なくない。

というのも例えばアクションなんかの場合は特にそうだが得意な人は
途中で詰まることなく進んで簡単にクリアしてしまうわけだが
苦手な人はそうはいかない。

ゲームの面白さにおいて重要なポイントのひとつに達成感という
ものがあるけど、元々得意な人がクリアしたときの達成感と
苦手な人が紆余曲折を経てようやくクリアしたときのそれとでは
やはり後者の方が感慨深いものがあるだろう。

苦手な理由が「生理的に嫌」というのなら仕方ないが。

誤解について

2005年10月4日 コラム
ゲームのシステムや仕様についてプレイヤーが内容を理解できない、
という事態よりも、内容を誤解したまま或いは理解できていない
ことに気付かないまま進んでしまう方が深刻な事態である。

この場合、制作者が設定した正常な難易度と比べて
プレイヤーの感じる難易度が遥かに高くなることが多い。

よって、誤解に気付かせるひとつの方法は特に重要なポイントに
ついてゲームオーバー時に再確認する方法だ。これなら誤解している
プレイヤーに対して確実に情報を伝えることが出来る。

より高度な方法としてゲームオーバー時に敗因を分析して
プレイヤーに伝える、なんて方法もあるがさすがにその手の分析は
プレイヤー個人にやらせた方がいいかな、という気もする。
スクリプトを使えばなんでもできると評判のツクールXPだが
実は大きな制限が二つある。

一つは組み込みクラス、モジュールの仕様による制限。
もうひとつはエディタの仕様による制限だ。

前者は必要に応じて再定義すればある程度は対応できるが後者は厳しい。
例えば希望のシステムを実装するために地形タグが10個必要に
なったとしてもエディタ上の制約により用意できるタグは
0を含めても8個だけである。

不便なようであるが全く打つ手がないわけではない。
例えば地形タグの例の場合は「茂み判定」を利用すれば
(茂みはなくなるが)一応、16個分のタグを用意できる。

以前、ツクールXPは今までのように全く別の働きを想定して
実装された機能を上手に工夫して本来なら不可能なはずの
様々なシステムを実現する楽しみに欠けているのではないか、
と書いた。

だが、エディタ上の制約を乗り越える際にはそういった工夫の
余地がまだ残されているようだ。

HPと防御力

2005年9月30日 コラム
共に一般的なRPGのステータスでキャラクターの
倒されにくさを表現するためのもの。

ルールやダメージ算出の過程を簡潔化する目的であえて
防御力の概念を無くして倒されにくさをHPのみで表現する方法もある。

FFTなどがそれで、防具を装備すると最大HPが増えると言うシステムだ。
(FFTの場合は防御力の概念を排除したわけではないが)

この方法だと物理攻撃と魔法攻撃の使い分けによって生じる戦略性
なんかが失われるという欠点がある反面、バランス調整が格段にやり易くなる。
なぜなら全ての攻撃のダメージはLVに拘らず一定になるからだ。

では、上記の方法の逆でHPを全キャラ固定にして防御力のみで
キャラクターの倒されにくさを表現する方法はどうだろうか。

この方法だとバランス上、与えるダメージを増やせないので
キャラクターの成長が感じ辛いし、バランス調整も楽にならない。

などと、現状では欠点や問題点が目に付くけど調理次第で
面白くなりそうな気がしなくもない。

>>えりくさーさん
よろしくお願いします。
タイトルにあえてメジャーな作品に似たものを設定すること。
タイトルを決定する上でよく使われる手法である。

元ネタの作品とはタイトル以外での共通点がある場合も
そうでない場合と両方ある。
前者の場合は最後の方でなるほど、と分かる程度がちょうどいいかな。

パロディと書いたがどちらかというと
オマージュ的要素の方が強いのかも知れない。

>>夕輝さん
よろしくおねがいします
特に短編の場合は難易度を高めると初回プレーで
クリアできる可能性はかなり低くなる。
そこでゲームオーバー時に何らかのささやかな特典(或いは特別な演出)
を与える方法を考えてみた。

私が実際に見たわけではないので詳細は分からないが
あるフリーゲームではゲームオーバーグラフィックに
かなり特別なものを設定することでプレイヤーに多大な
インパクトを与えているらしい。

ゲームオーバーになった場合プレイヤーは早く再開するなり
止めるなりしたいだろうから中途半端な演出はかえって仇になる
場合も考えられる。やるのなら徹底する必要がありそう。

前述のように強烈なインパクトで勝負するか、
それとも何らかのメッセージ性を加えるとか。

再戦について

2005年9月24日 コラム
以前戦った相手ともう一度、戦うと言うシチュエーションを
考えてみる。普通はその間に主人公も強くなっているのだから
相手も相応に強くしないとボスにならない。

だが、あえてそのままの能力値で戦わせて楽に倒させれば
こちらの成長を実感できるし相手を力押しで倒す爽快感も味わえる。
ボスではなくイベント戦闘という感じだろうか。

ストーリー上で重要な位置にいる敵役の場合は使えないが。
あるシーンにおいて何の役割も
与えられていないボタンを勝手にそう名付けた。

そういうボタンが存在する場合は操作性について
再考の余地があると思う。

例えばマップ画面では調査用ボタンとメインメニューボタンがあるのが一般的だが、
ここで余っているボタンを使ってメインメニューのうち、
よく使うものをプレイヤーが(設定の変更などで)指定して
それを高速で呼び出すことができる、とか。

あまり機能が多過ぎるとかえって混乱する、という側面もあるが
それは機能を説明するタイミングをうまく変えることで対処できる。
一度にふたつの機能を説明するより重要な機能のほうを先に教えて
後の方でもうひとつを教える、などといった感じ。

さすがに前述の例くらいならそこまで考える必要はないと思うが。
コンテンツに対する評価はそれを始める前の期待度によって変わってくる。
期待してなかったけど思ったより楽しめた、とか
期待してたのにそれほどでもなかった、とかはよくある話だ。

人にものを勧めるということはその人の期待度を多少なりとも
高めてしまう効果があるわけで慎重に行う必要がある。
あまり軽い気持ちで勧めるものではないと思う。

もちろん、勧めることが悪いことと言うつもりはない。
ただ勧め方には多少の工夫が必要なのではないだろうか。

自薦する時も同じ。過剰に誇大に宣伝しても逆効果な
可能性が高いし、かと言って宣伝なしというわけにもいかない。
そういう時は他薦を繰り返してコツをつかむのも
ひとつの方法かも知れない。
爽快感の少なめなコマンド選択型のRPGにおいて爽快感を高めるための
ひとつの方法に対戦相手のHPを大きく上回るダメージを与える
というのがあるようだ。

もちろん普通に使わせていてはバランスが崩壊するわけで
その大半が何らの制限を設けている。

ドラクエのマダンテの場合は全てのMPを消費する、という条件を
設けている。他と比べてMP回復手段に乏しいドラクエだからこそ
実現可能な条件だ。

他にも相手のHPが一定以下、というのが無難な条件だろうか。
そうなると問題はどうせ倒せるのだからいくらダメージを与えても
関係ない、とプレイヤーが考えてしまいがちなところか。

技ではなく完全なイベントによる処理にして特定の相手にのみ
莫大なダメージを与えると言う方法も。対悪役向けか。
特にラスボスなんかで特別なイベントが用意されているものは多い。

>>エーベルさん
XPは2000よりもカメラが少しひいてる、と考えれば
ちょっとやりやすくなるかも知れません。

変装について

2005年9月10日 コラム
同じ人物だけど別のグラフィックであたかも別の人物で
あるかのように登場する、という展開をよく見掛ける。

結局、ストーリーを進めていくと正体が明らかになるわけだが
それ以前にプレイヤーが正体に気付く場合も多い。
制作者としてこのような展開を考えている場合、正体が事前に
分かるような手がかりをどの程度、残しておくのがいいだろうか。

手がかりが多過ぎても興ざめだし少な過ぎて全く気付かない場合も困る。

こんな時に案外、役に立つのがイベントボイス。
まあツクール製のフリーゲームの場合はフルボイスはかなり
危険な選択肢でもあるわけだがそのことは置いといて
見た目が違っても声が同じ、というくらいが手掛かりとして
ちょうどいいくらいではないだろうか。

市販ゲームもイベント時にボイスのあるものは結構、
上記の展開を採用してたりする。

賞賛について

2005年9月8日 コラム
NPCが主人公の人間性などについて賞賛する、
という場面は比較的よく見る光景だ。

だが、市販ゲームの同様のシーンにおけるユーザーの
反応を見てみると必ずしもいいとは言えない。
中にはそれが原因で対象キャラクターが嫌いになったりするケースもあるようだ。

原因はおそらくその賞賛に対してプレイヤーが共感できないからだろう。
主人公の行動が結果として賞賛を生んだ、のではなく
最初から賞賛することが目的であるセリフ、のように
映ったのかも知れない。

そういうシーンを作る際は留意した方がいいかも。

図鑑について

2005年9月5日 コラム
私にとってRPGにおける図鑑と言うと収集要素の一環でありプレイヤーが
完成させるもの、というイメージがある。

でも図鑑の本来の用途を考えるとプレイヤーは図鑑から
アイテムなりモンスターなりの知識を得る側である方が自然だ。

初めて遭遇したモンスターの情報を求めて図鑑を開いたり、
あるいは終盤は図鑑にすら載っていない強敵に
出会ったりするのも面白そう…
ゲーム中のタイマーの0.01秒の値って正確に表示しているのだろうか。
だとすると100FPSで値を書き換えなければならない。

それよりは毎回、ランダムで数を変更させて書き換えれば
それっぽく見えるし速いので見分けも付かない。
XPのスクリプトでも十分に実装可能だ。

でもタイマーを用いると言うことは何らかの形で記録を残すわけ
だからそのタイムは正確なものでなければならないわけで、それが問題だ。
幾つかの創作物中の事例を元に考えたのだが敵役以外の"死"によって
もたらされるものは主に悲しみか恐怖のどちらかのようだ。
(もちろん多少は重複する場合もあるだろうが)

悲しみか恐怖かを分ける要因のひとつは死に様だろう。
対象者が自分の死を受け入れて死んでいった場合は悲しみ、
そうでない場合は恐怖、といった感じ。

もたらされるものが異なる、となると作中で死を取り扱う場合は
その目的と期待する効果をはっきりさせないと批判の対象になりそう。

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