厳選について

2006年4月4日 コラム
中学、高校生程度になると時間的にも金銭的にも余裕が出てくる。
そうなると金銭面における制約のないフリーゲームだけでなく
市販ゲームも大量に好きなだけプレーすることが可能になる。

だからある程度のゲーム好きなら今プレーしているゲームを
クリアした後にプレー予定のゲームが既に決まっていたりもするのだが
そういった状況は果たして恵まれていると言えるだろうか。

予定が詰まっている場合、ゲームオーバーや理不尽さに対する許容度が低くなる。
小さい頃にプレーしたゲームを久々にやってみたらその難しさに
驚いたという話を聞くが、当時はそのソフト以外にやるものが
なかったとしたらどれだけ難しくても挑戦し続けるだろう。

最近のゲームはおもしろくない、と主張する人は少なくない。
そのような意見を持つに至った経緯は多種多様だろう。
その原因のひとつとして目の前にゲームが溢れすぎている、
という点が挙げられるのではないだろうか。

目の前にゲームが溢れている、という状況は本来なら恵まれている。
数多くのゲームの中から自分の嗜好に合うものを厳選できるからだ。
しかしそのような状況下では厳選するより先に手当たり次第、
どんどん消化していった方がたくさんプレーできる。

この飽和状態に最近のゲームが面白くない理由の一端が
あるように思うのだがどうだろうか。

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